松本 直樹
松本直樹税理士事務所 税理士
はじめに
令和5年10月にインボイス制度が始まってから、まもなく3年を迎えます。
制度開始当初は、取引先の登録状況の確認や請求書の記載事項への対応に追われた企業も多かったのではないでしょうか。現在ではようやく日常業務として定着してきましたが、令和8年10月1日から、再び経理処理の見直しが必要になります。
免税事業者やインボイス未登録事業者などからの課税仕入れについて、現在は仕入税額相当額の80%を控除できますが、この割合が10月1日から70%へ引き下げられます。
一見すると単なる割合変更のようですが、同じ課税期間に80%と70%の取引が混在するほか、9月から10月にまたがる取引や保守契約、短期前払費用など、判断に迷う場面が生じます。そこで今回は、経理担当者が確認しておきたい実務上の注意点を整理します。
1.まず確認したい経過措置の全体像
インボイス制度では、原則として、適格請求書発行事業者以外からの課税仕入れについては、仕入税額控除を受けることができません。
ただし、制度変更による負担を緩和するため、一定期間は仕入税額相当額の一部を控除できる経過措置が設けられています。控除割合は、次のように段階的に縮減されます。
| 課税仕入れを行った期間 | 控除できる割合 |
| 令和5年10月1日から令和8年9月30日まで | 80% |
| 令和8年10月1日から令和10年9月30日まで | 70% |
| 令和10年10月1日から令和12年9月30日まで | 50% |
| 令和12年10月1日から令和13年9月30日まで | 30% |
| 令和13年10月1日以後 | 控除不可 |
従来は令和8年10月から50%となる予定でしたが、令和8年度税制改正により、70%、50%、30%と段階的に縮減する仕組みに見直されました。
たとえば、免税事業者から税込11万円の課税仕入れを行った場合、税率10%に対応する仕入税額相当額は1万円です。同じ税込11万円でも、控除額は8,000円から7,000円へ1,000円減少します。取引額が大きい企業では、納付税額への影響も無視できません。
2.控除割合を決めるのは「支払日」ではなく「課税仕入れを行った日」
10月以降の処理で、最も注意したいポイントです。
80%と70%のどちらを適用するかは、請求書の受領日や支払日ではなく、原則として「課税仕入れを行った日」で判断します。
(1)商品の購入
商品の仕入れや備品の購入など、資産の譲受けは、原則として引渡しを受けた日が課税仕入れの日です。
請求書の到着や支払いが10月でも、引渡日が9月30日以前であれば、原則として80%控除の対象です。
(2)役務の提供
業務委託、修理、広告制作などの役務提供は、原則として、契約した役務の全部が完了した日が課税仕入れの日です。
たとえば、9月21日から始まり10月20日に完了した業務は、10月20日が課税仕入れの日となり、70%を適用します。
9月中にも作業が行われていたからといって、日数で80%と70%に分けるわけではありません。ただし、月ごとに役務が完了し、月ごとの対価が確定する契約では、9月分と10月分を分けて処理することも考えられます。契約内容と請求単位を確認しましょう。
3.締日処理をしている会社は「9月分」の中身に注意
実務では、「9月分請求書」「10月末支払」といった表記だけで処理してしまいがちです。
しかし、「9月分」であっても10月1日以後に引渡しを受けた商品や、10月に完了した役務が含まれれば70%となる可能性があります。反対に、10月に届いた請求書でも、9月中に引渡しや役務の完了が済んでいれば80%となる場合があります。
特に、20日締め・25日締めの仕入先、9月から10月にまたがる工事や業務委託、未払計上する経費、立替経費やカード利用分、検収基準による仕入れには注意が必要です。
入力日、請求書の日付、支払日だけで機械的に判断せず、実際の取引日、引渡日、完了日、検収日を確認しましょう。
9月から10月にかけては、経理部門だけでなく、購買や営業など関係部門にも実際の取引日や完了日の確認が重要になることをあらかじめ周知しておくと安心です。
4.短期前払費用には特別な取扱いがある
年間保守料、家賃、保険料などを1年分まとめて前払いし、法人税上の短期前払費用として処理している企業もあります。
短期前払費用の取扱いを継続適用している場合、消費税についても、その支出日の属する課税期間に課税仕入れを行ったものとして扱われます。
たとえば、免税事業者等に対し、令和8年1月に同年1月から12月までの年間保守料を支払い、短期前払費用として処理している場合は、10月以降の期間が含まれていても、全額について80%控除を適用して差し支えないとされています。
ただし、単に前払いしただけでは足りません。支払日から1年以内の役務であること、法人税上の要件を満たすこと、毎期継続して同じ処理をしていることなどを確認する必要があります。
年間保守料など前払契約が多い企業では、契約内容や従来の処理方法を改めて確認し、判断に迷う場合は顧問税理士に相談するとよいでしょう。
5.帳簿には経過措置の対象であることを記載する
この経過措置を適用するには、区分記載請求書等と同様の内容が記載された請求書等と、一定事項を記載した帳簿の保存が必要です。帳簿には、通常の記載事項に加え、その取引が経過措置の対象である旨を記載します。
国税庁Q&Aでは、「80%控除対象」「免税事業者からの仕入れ」と記載する方法のほか、対象取引に「※」「☆」などの記号を付し、別途その意味を表示する方法も認められています。
令和8年10月以降は、80%と70%が同じ課税期間に混在します。法令上は経過措置の対象であることが分かれば十分です。実務上は「免税仕入80」「免税仕入70」や「★80」「★70」など、両者を区別しておくほうが安全です。
一の表示だけで管理すると、決算時に再判定が必要となり、修正作業や集計ミスの原因になります。
6.一の免税事業者等からの仕入れに係る「1億円上限」
もう1つの注意点は、経過措置を適用できる取引金額の上限です。
一の免税事業者等からの経過措置対象仕入れについて、一定額を超える部分には経過措置を適用できません。上限額は、課税期間の開始日に応じて次のとおりです。
| 課税期間の開始日 | 一の免税事業者等ごとの上限 |
| 令和6年10月1日から令和8年9月30日までに開始 | 税込10億円 |
| 令和8年10月1日以後に開始 | 税込1億円 |
重要なのは、10月1日以後の取引から一律に1億円となるのではなく、令和8年10月1日以後に開始する課税期間から適用される点です。
たとえば、3月決算法人の令和8年4月1日から令和9年3月31日までの課税期間は10億円上限ですが、12月決算法人は令和9年1月1日開始の課税期間から1億円上限となります。
この制限は「一の免税事業者等ごと」に判定するため、対象企業では取引先別・課税期間別の累計管理が必要です。一般的には該当するケースは多くありませんが、大規模な外注取引や不動産取引、委託取引などでは対象となる可能性があるため、事前に確認しておきましょう。
最後に
今回の見直しは、消費税率そのものが変わるわけではないため、大きな制度改正として受け止められにくいかもしれません。しかし、経理実務では80%と70%の控除割合を正しく区分し、帳簿へ反映する必要があります。特に9月から10月にまたがる取引では、請求書の日付や支払日ではなく、「課税仕入れを行った日」を基準に判断することが重要です。
決算時に1年分をまとめて見直すのではなく、10月以降は入力段階で、取引先の登録状況や請求書の要件、適用する控除割合を確認しておきましょう。
なお、簡易課税制度を適用している課税期間では、実際の仕入税額ではなく、売上税額にみなし仕入率を乗じて控除額を計算するため、今回の80%から70%への控除割合の見直しが納付税額に直接影響するものではありません。原則課税の企業はもちろん、将来課税方式が変更になる可能性も踏まえ、早めに取引内容と経理処理を確認しておくことが、正確な申告と決算時の負担軽減につながります。
◎執筆者紹介
松本 直樹
松本直樹税理士事務所 税理士
https://minnadekomon.jp/
石川県金沢市生まれ
金沢大学法文学部経済学科卒業
卒業後、証券会社で債券トレーダー、デリバティブ業務に従事
証券会社を退職後、税理士事務所勤務
1997年 税理士試験合格
1999年 松本直樹税理士事務所として独立開業
2006年 株式会社ケーエムエスを設立
2014年 総合コンサルチーム「みんなで顧問」結成
2016年 合同会社「みんなで顧問」設立
2023年 マンガ本「みんなの相続」出版
2024年 一般社団法人みんなで顧問設立

