松本 直樹
松本直樹税理士事務所 税理士
はじめに
グローバル化の進展により、経理・人事・総務といった部門でも「海外がからむ」場面が年々増えています。
たとえば、社員の海外出張経費の精算、外国人社員の源泉徴収、海外勤務者の給与計算、海外子会社との取引評価、さらに租税条約関連の届出。これらはいずれも「国内実務の延長」では処理できない落とし穴があります。
今回は、経理現場でよく登場するテーマを整理して、広く俯瞰してみましょう。
1.海外出張経費の精算と日当の取り扱い
海外出張では、旅費・宿泊費・日当の3要素が基本です。航空券やホテル代は領収書で精算しますが、日当は領収書を要しない「概算精算」の代表格です。
日当は課税・非課税の線引きが重要で、国税庁の通達上、「通常必要と認められる範囲の金額」は非課税旅費として処理できます。
ただし、外資系グループ法人では米ドル建てで高額設定されているケースもあり、常識的水準(目安:宿泊を伴う場合、1日1万円前後)を超える場合は、給与課税扱いとなる点に注意が必要です。
また、為替レートの換算日は「支払日」基準が原則であり、申請日や出張日ではない点も実務上の要確認ポイントです。
2.外国人社員の源泉所得税
日本国内で雇用される外国人社員は、「居住者」か「非居住者」かで源泉徴収が異なります。
・居住者(1年以上日本に滞在する予定)
日本人と同様に給与所得として源泉徴収。年末調整対象。
・非居住者(短期滞在者)
原則として20.42%の源泉分離課税。
ただし、租税条約で免除条項(183日ルールなど)が適用される場合は源泉不要です。
実務では、在留資格や滞在期間だけでなく、「給与の支払者」や「滞在目的」も勘案して判定する必要があります。
特に、海外にある親会社が給与を負担する出向形態では、支払者の所在国によって課税権の帰属が変わるため、税務署から照会を受けることも少なくありません。
3.海外勤務者の給与計算と社会保険
日本企業から海外に派遣される社員(出向・転勤者)は、日本の給与計算と海外給与の2重管理が課題になります。
原則として、「日本法人が支払う給与」は国内源泉対象、「海外現地法人が支払う給与」は現地源泉対象です。
ただし、駐在期間や派遣形態により、日本の所得税・社会保険を継続適用できる場合(社会保障協定国)と、打ち切る必要がある場合(非協定国)があります。
この判断を誤ると、年末調整で還付・追徴が発生するリスクが高いため、総務部門と連携して事前に「派遣期間・給与負担割合・赴任国の協定有無」を確認しておくことが重要です。
4.扶養親族に非居住者がいる場合の年末調整
近年、外国人社員の家族を扶養に入れるケースが増えています。
この場合、令和5年改正で要件が厳格化され、「国外居住親族の扶養控除」を受けるには、親族関係書類+送金関係書類の双方が必要となりました。
送金証明は銀行の海外送金明細が望ましく、クレジットカードの利用明細などは認められません。
また、年間58万円以下の所得(給与所得は年収123万円。年収123万円から給与所得控除65万円を引くと58万円になる)であること(注1)の証明が必要です。
実務では、書類の不備による控除否認が目立つため、早めに社員に案内・依頼することがポイントです。
(注1)令和7年12月1日に施行される令和7年度税制改正により、扶養親族等の所得要件が改正され、扶養親族の所得要件は58万円以下(収入が給与だけの場合、収入金額は123万円以下)となります。
5.海外取引先との売掛金・買掛金の期末評価
海外取引がある場合、期末時点の為替レートで外貨建債権債務を評価替えします。
評価差額は「為替差損益」として当期損益に計上し、決算書上の「営業外損益」に反映されます。
評価替えを失念すると、翌期の実現差額と2重計上になるおそれがあります。
また、外貨預金・未払金・前払金も対象になるため、経理部門は決算前に「外貨残高一覧表」を整理し、評価換算レートを明確にしておく必要があります。
6.租税条約に関する届出書の提出効果
海外企業に対して報酬・利息・配当などを支払う際は、租税条約の軽減税率や免除を受けるために「租税条約に関する届出書」の提出が必要です。
提出がない場合、国内法上の源泉率(20.42%など)で課税されてしまうため、相手国の税務当局との調整や還付手続きが必要になることもあります。
届出書は支払前に提出するのが原則で、提出日=支払日ではない点に注意が必要です。
とくに報酬支払(ロイヤリティや講演料など)では、支払時点で控除税額を誤ると、海外の相手から苦情を受けることもあるため、社内フローの見直しも有効です。
最後に
海外関連の税務は、テーマごとに所管や法令が異なり、経理・人事・総務・税務の連携が不可欠です。
出張経費や為替評価のように「日常処理で見落としがちな論点」から、租税条約のような「事前対応が肝心な論点」まで、幅広く確認する必要があります。
まずは、自社の海外関連業務を棚卸しし、どこに課題が潜んでいるかを把握するところから始めてみてください。
制度への理解が深まれば、経理部門は海外取引でも頼りになる“グローバル経理”として活躍できるはずです。
◎執筆者紹介
松本 直樹
松本直樹税理士事務所 税理士
https://minnadekomon.jp/
石川県金沢市生まれ
金沢大学法文学部経済学科卒業
卒業後、証券会社で債券トレーダー、デリバティブ業務に従事
証券会社を退職後、税理士事務所勤務
1997年 税理士試験合格
1999年 松本直樹税理士事務所として独立開業
2006年 株式会社ケーエムエスを設立
2014年 総合コンサルチーム「みんなで顧問」結成
2016年 合同会社「みんなで顧問」設立
2023年 マンガ本「みんなの相続」出版
2024年 一般社団法人みんなで顧問設立

